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意味付け〜ストーリーは変えられる。

人は、すべての事の意味を知りたい動物だ。意味が分からないと頭が納得しない。意味付けをしながら生きている。何故、自分はここにいるのか?自分はどこから来たのか?自分はどこに行くのか?何故、こんなひどい事が起こるのか?何故、自分はこんなに不幸なのか?何故、自分は生きているのか?何故、自分は死ぬのか?

意味が分からないとどうにも落ち着かない。腑に落ちない。モヤモヤする。心に引っ掛かる。答えが出ることもある。出ないこともある。むしろ出ない事の方が多いかも知れない。実際、その答えは、簡単に言葉で表す事ができないものかも知れない。言葉ではなく、体感でしか分からない様なものかも知れない。言葉で表せないから、モヤモヤした気持ちが行動に出てしまう事もあるだろう。時には、そのモヤモヤが人の生死に関わる様な行動に結びつく場合もある。意味はそれほど大事なものだ。人間は、心とは別に頭脳を発達させる事で生き残ってきたから、常に意味を考え続けている。

答えは出ない。とんでもない理不尽な事が起きているのに、その意味についての答えは出ない。でも、人は考える。何故、自分がこんな目に遭っているのか?意味が分からないのは、苦しいものだ。多くの場合、我々はその問いの答えを求めるのを棚上げにして生きている。棚上げにする事で生きていられるのである。しかし、どうにも棚上げできない事もある。

意味はストーリーを作る。我々は自分の人生のストーリーを書きながら生きている。本筋から外れたストーリーもあれば、今のストーリーを語るのに必要なストーリーもある。そのストーリーは、決まったストーリーがある場合もあれば、全くない様に見える場合もある。ストーリーなんかない、行き当たりばったりで生きている様に見える場合もある。しかし、そこには行き当たりばったりで生きているというストーリーがある。
世の中は常に変化するので、ストーリーも常に変化する。こう言う筋書きのはずと思っていた事が、全然違うストーリーになる事がある。そのストーリーを書く事も意味付けである。自分はこう言うストーリーで生きて来たと言う意味付けをする。意味付けは、必ずしも一つでは無い。視点が異なれば、異なった意味付けができる。過去に起こった事は、自分の中で真実で唯一のストーリーと考えている。しかし、ストーリーは一つではない。意味付けが変われば、ストーリーは変わる。自分の立ち位置を変えたらストーリーは変化する。過去は変えられないと人は言う。確かに、済んでしまったことは元には戻らない。しかし、そのストーリーは、意味付けが変われば自分にとって、異なるストーリーに書き換える事ができる。過去のストーリーが変化すれば、未来のストーリーも変わる。

意味付けは、人間の性(サガ)である。意味付けに悩み、泣き、苦しむ。自分を見失ったり、頭も心も病んでしまう事もある。パスカルは言った。「人間は考える葦である。」と。人間一人一人は水辺に群生している葦の一本一本と同じ様に弱い存在だ。津波に飲み込まれ、コロナに感染し、命はろうそくのように簡単に吹き消されてしまう。しかし、意味を考え続けている。そのことが人間の存在する証である。それによって人生を生きて行けるのである。自分の人生の意味付けは、自分でする他はない。自分の人生にどう言う意味があるかは、自分で決めて良い。他人になんと言われようと、自分の人生は自分の人生なのだから。
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プロフィール

griefcaremiyagi

Author:griefcaremiyagi
2004年暮れから活動を始め、2006年から「わかちあいの会』を行なっている団体です。2013年にグリーフケアの実践と普及・啓発を事業の柱としてNPO法人化しました。立ち上げの時から関わって頂いているあしなが育英会の仙台レインボーハウスに事務局を置き、宮城、山形で活動しています。グリーフケアの担い手養成講座には、東北6県、関東からも参加されています。